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窓のかたち

佐郷さんというのはとにかくそういうひとなので、会ったときのことを瑞樹に話してみたくなるのは当たり前だと思う。次に顔を合わせた時やっぱり話した。 その間にそっちのジュースは半分、こっちのコーヒーは三分の一くらいを残して室温になってしまって、そ…

椅子と夢

家具店はずいぶん遠かったみたいで、体はいつのまにか、売り物のソファのやわらかさにどっぷり浸かってしまっている。向かいに陳列された椅子はどういう仕組みなのか壁に張り付いて、楽器店のギターみたいに上下ジグザグに並んでいる。めぼしいものは見あた…

汽車とピアノ

汽笛がきこえていた。 鳥の歌、草のざわめき、車輪のきしむ音まで呑みこんで、どこまでも響いていた。汽車は地平線を乗りこえて、やがておおきな姿をあらわした。黒いからだ、白い蒸気と、灰色の加速度で近づく。汽車の進むさきにはなにもない草原がひろがっ…

潜水

ベッドから垂れさがる彼女の脚。 床いちめんに張った水は、ほとんど広がらない波紋とかすかな音で、それをうけいれた。踝のなかばまで浸かる。ほぼ室温の水の、とろりとした感触を、彼女が好きになったのは最近のことだ。そろりと立ちあがる。 この部屋は白…

しずむ

しずんでいく。それは、ぼくにとってはとても唐突なことだったけど、ふしぎと混乱も、恐怖も、不安も起らなかった。息は苦しくなかったし、この海のなかはとてもきれいだったから。青と銀との混ざりあう水面を、ダンスを踊るように泳いで、うたうようにひる…

懺悔

キャンバスを手に取ったのは、それを床に叩きつけようとしたからだった。けれど腕は、地面と平行になる前に止まった。床にこびりついた絵の具を取り除くことのむずかしさを忘れてしまうほどには、その衝動は強くなかった。 手にあるものをイーゼルに戻して、…