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しずむ

 

しずんでいく。それは、ぼくにとってはとても唐突なことだったけど、ふしぎと混乱も、恐怖も、不安も起らなかった。息は苦しくなかったし、この海のなかはとてもきれいだったから。青と銀との混ざりあう水面を、ダンスを踊るように泳いで、うたうようにひるがえっている、魚たちの影がさえぎる。波はほとんどない。魚のことも、ぼくのことも、まるで気にしていないように、海はじっと動かなかった。耳がごうごうと鳴っている。なんの音だろうとぼくが考えている。

仰向けに、落ちていくからだ。それにひき裂かれて流れとなる、海の水はとてもあたたかい。背中をやわらかく押し、首すじを、脇腹を、指と指のあいだをやさしく撫でてはとおりすぎていく。宙に浮いているような感覚。眠れそうにない夜に、無理やり眼を閉じて寝ようとして、一時間くらい経ったときの、あの感覚だ。

遠ざかる、水面の向こうに、ひとつの強い光がある。太陽でも月でも星でもない光、蛍光灯とかLEDを想起させる光、機械じみて無機質の、円くて白い光。それはゆっくりと蠕動する水面を金属のようにかがやかせて、泳ぐ魚たちの色を逆光で封じこめて、沈んでいくぼくの眼に、青くて扇状の軌跡を描きながら辿りつき、絶え間なく焼いている、光のするどさは暴力的だった。それでも、すこしずつ遠ざかるにつれ弱まっていた。

からだをつつむ暗闇はたしかに濃くなる。波の感触もおさまって、魚の影も減っていく。海はますます、透明に停滞していった。

おちる、おちる、水のなかを、ぼくのからだが重力のひもに引っぱられて。この海の底はどんなふうだろうと考えている。海底の色について。海底の温度について、手ざわりについて。海底の、魚について。考えている。

やがて、ぼくは眼を閉じる。しずんでいった。